『ブラックボックス』

作 市田ゆたか様



【Ver 3.13】

「現在98度で保温中です」
「ピッ、水質保持期間が過ぎました。排水します」
F3579804-MDの顔に表情が戻り、流し台に向かって歩きだした。
流し台の前にたどり着くと、右手が水平に持ち上げられ、手のひらを下にした位置でとまった。
「いったい、どうしたのかしら。今までと違うわ…ピッ、排水開始」
手のひらの中央部が開いて金属製のノズルが現れた。
「ピッ。熱湯が出ます。ご注意下さい」
体内でポンプの音がして、ノズルから熱湯が噴き出した。
F3579804-MDは呆然として自分の右手を見つめていた。
「ピッ、排水完了しました。給水動作を開始します」
そういうと、ノズルが収納されて右手は元の姿に戻った。
F3579804-MDはキッチンの流し台にある蛇口をくわえ込んだ。
「ううっ、またなの?」
右手が自動的にバルブをひねり、のどに水が流れ込んだ。
「給水中…1リットル…2リットル」
F3579804-MDは水を飲み込んでいく。
「3リットル…3.85リットル…給水完了しました。不純物が6ppmあります。浄水を開始します。…またこれの繰り返しなの?冗談じゃないわ。負けてたまるもんですか。いくらポットにされたって、あたしはあたしよ」
F3579804-MDは気丈にいうと、部屋から出ようとドアに向かった。
ドアは何の抵抗もなく開き、F3579804-MDは隣の部屋に入った。
「やっぱりそう…5ppm…なんだわ。保温動作に入るまでは、自由に動けるんだわ。今回は沸騰までに時間があるから有効に…4ppm…使わなきゃ」
F3579804-MDは隣の部屋のケーブルに自分の手足を慎重につなぎかえると、部屋の中を隅々まで見渡したが、脱出に使えそうなものは何も見つからなかった。
「ピッ、浄水完了。沸騰を開始します。現在温度22度です…ああ、ダメよ。せっかく時間があるんだから、何か方法を計算しなくちゃ」
F3579804-MDは部屋の中を歩き回った。
「そうだわ。ケーブルを継ぎ…30度…足して遠くまでいけないかしら」
ケーブルの端は天井から伸びており、手が届く高さにはなかった。
「この方法はダメね。そうだわ、隣の部屋のケーブルは…50度…確か壁から伸びていたはずだわ」
F3579804-MDは隣の部屋に戻った。
「やっぱりそうだわ。コネクタの形が同じだから、つなげばもっと…60度…遠くまでいけるわ」
そう言って、床にひざまずいて壁のコネクタを一気に引き抜いた。

「あっ…ピーーーーッ」
F3579804-MDはケーブルを握り締めた姿のまま動きを止めた。



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